Saori in her 40s in Tokyo

ライター土谷沙織 が40歳になった記念に始めた雑記ブログ

調子の悪い時こそ、自分で自分の機嫌を取ろう

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疲れやすい自分を受け入れてしまえばラク

高校生の頃、すごく憧れて尊敬している大学生のお兄さんがいまして、その人がよく言っていたのが

 

「僕は、疲れていても疲れたって言わないことにしてる。言葉にしちゃうと実際よりもどーんと疲れちゃうから」

 

ということでした。当時の私は、「そうなんだ!」と思ってけっこう真面目にそれを実践しておりました。ネガティブな言葉って、口にした途端に想像以上の現実味を帯びてしまうことってある気がするし。当時は、受験生で頑張らなきゃいけない時期でもあったので、「疲れた」なんていう言葉は、確かに邪魔もの以外の何者でもなかったと思います。

 

しかーし、近頃の私はちょっと何かしても「フーッ」とか息が荒くなるし、山に登っていても「疲れましたな、へへへ」とか言っちゃうし、友人から楽しそうなお誘いがあっても「ごめん、疲れてるからやめとくね」なんて言って、疲れを隠そうとはしなくなりました。だって、疲れやすい自分を認めざるおえないくらい実際に疲れるし、だいいち体力的にも精神的にも無理がきかない。マジで。

 

無理して抱え込んで「やっぱ無理!」って土壇場で人に迷惑をかけるよりも、疲れやすい自分を想定して予定を組んだり、計画に余裕を持つことの方が大事。最初から手を抜く、とかじゃないですよ。確実に、安全に、ゴールにたどり着くための知恵です。年の功です。そういう年齢になってきたのだな、と思っています。

 

あ、でも。

 

やっぱりネガティブな言葉を言いっぱなしにしておくのは、美しいことではないですよね。負のスパイラルという超絶恐ろしいマイナスモードに陥ってしまう場合も、あるっちゃある。「何にもやる気がしないー」とか「みんな敵だー」とか「みんな不幸になればいいのにー!」とかサイテーな大ブスに成り下がる(笑)。

 

誰かに幸せにしてもらおうなんて、甘いと思う

恐怖のマイナス思考スパイラルに陥らないためにも、調子が悪いときは、自分を労ります。自分で自分を喜ばせます。誰もやってくれないから、自分でやるしかない!

 

どういう労いがいいかというと、いちご大福と加賀棒茶くらいのプチ贅沢が私の場合は効果的です。クナイプの入浴剤を入れてお風呂にゆっくり入るとか、たまっていた連続ドラマ5話一気に観るとかもいい。家族が嫌な気持ちにならないのであれば、一日中パジャマで過ごすのもありだと私は思う!

 

キーワードは、地味な喜び。

 

ホテルの高級エステに行くとかブランドバッグを買うとかのお金をバーンと使う派手な振る舞いも、たまにはいいかもしれません。でもそういうのって、一瞬の大興奮で、儚いんですよね。コントラストが強すぎると反動が大きいし、お祭りのあとの空っぽ状態、みたいなのも危険。ただし、買ったブランドバッグと1週間くらい一緒の布団で寝る、みたいなことを楽しむ人がいたらそれはそれでブラボーだと思います(笑)。

 

誰かに幸せにしてもらおう、って思っている人は、基本いつも待ちの姿勢。「褒めて!」とか「労って!」という圧力は、それが切実であればあるほど、例え家族であっても重いような気がします。キャッチボールも一方的で、テイク、テイク、テイクでギブが欠如。たまにそういうのが女の幸せだ、みたいに思っている人は男女ともにいるけれど、古い考え方だと思うし、私はなんか本質的に違うと思うんですよね。人からもらったピカピカの何かよりも、多少ポンコツでも自分で作ったんで愛着あります!みたいなものの方が魅力的だと思ってしまう。

 

そうやって側から見たらくだらないことかもしれないけれど、小さな特別を自力で積み重ねて、自分で自分を喜ばせる術を身につけると、多少のことでへこまなくなるし、落ちても省エネモードで上がれたりするようになる。自分メンテが得意な人は、大切な人が落ち込んだときにも、もしかしたら少しはヘルプできる余力があるかもしれない。

 

人それぞれ、幸せのカタチは違う。人間の魅力を感じるポイントも違う。だからそれぞれが思うように生きるしかないんだけれど、どんな場面でも、どんな関係性でも、機嫌がいい人って害がないし、微笑ましい。そういう人っていいな、と心から思うのです。