Saori in her 40s in Tokyo

ライター土谷沙織 が40歳になった記念に始めた雑記ブログ

人は思い出を栄養にしばらく生きられるのか

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いや、生きられないと思うから、今こうやって活動している

今日、海外に住む友人とSkypeで話していたら、たまたま同じくらいのタイミングで同じ映画を観ていて、すごく嬉しかったのでした。

 

彼の感想は、いつだって私の上を行く洞察力と男性的視点で、私が見えていないものを見ていたりするので、話していてとても面白いのです。特に今日は、ほとんど同じ感じ方をしていた答え合わせみたいな会話で、それもすごく私を幸せな気分にしてくれました。大好きな友人。Skypeで会っていても、やっぱりなんか寂しくなるのは、一緒の時間を過ごした過去の時間が愛おしすぎるからなのか。

 

刺激のある会話、脳みそを使う会話ができる友人は、とても貴重。アホな話ばっかりしちゃうっていうのも、もちろん貴重。その両方を行ったり来たりできたら最高。と言いつつ、大して面白くもない平凡な私の友達でいてくれるだけで、みんなのことを大好きだし、心からありがたいと思っている。これは本当にそう。

 

タイトルの思い出云々について。

 

楽しかった過去のことを思い出して幸せになる自分っていうのはここ数年自覚しているんだけど、その幸せっていうのはじんわりと温かい気持ちにさせてくれるものだったり、自分の存在を肯定するものだったりする。

 

ただ、それって今現在は目の前に実在しないものなのです。

 

そういう、思い出を栄養にポジティブな感情を培養するのって、ある一定の期間はいいかもしれないけど、ずっとは無理だと思うのです。人間は、老いる生き物。生まれた瞬間から死に向かって一歩ずつ歩いていくわけだから、やっぱり軸というか、視点は常に「現在」にないと、過去を見つめすぎると今が空虚になるというか。そこもバランスなのですが。

 

だから、やっぱり今を心して生きないといけない。欲するものがあるなら、今手にしようと動かないと。

 

そうやって、今、今、今を見つめて、はっきりと息をしていれば、そのライブリーな時間がかけがえのない思い出に変わる時が来るんだと思う。

 

クリスタルみたいにキラッと光る。たまにその眩しい輝きを背中に感じながら、前を向いて歩く。そのくらいがきっといいのかもしれない。