Saori in her 40s in Tokyo

ライター土谷沙織 が40歳になった記念に始めた雑記ブログ

加害者になるかもしれないし、被害者になるかもしれない

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「かもしれない」を忘れないことが大事な気がする

最近、少年刑務所や少年院の看守さん、心理サポートをやられている方のお話を聞く機会があって、

改めて未成年の更正について考えさせられることがありました。

 

で、これまた最近観た映画『Beautiful Boy』は、大好きなティモシー・シャラメがドラッグ中毒の役なんですけど、素晴らしい、本当に素晴らしい演技でした。

お父さん役の役者も最高。地獄のようなストーリーをきれいな映像でエモーショナルに表現した実に見応えのある映画でした。

 

若者の更正、とりわけドラッグに関しては罪を償わせることよりも心と体のトリートメントをしてあげることがすごく重要なんだ、ということを考えながら観ていました。薬物は、加害者も被害者も自分なんですよね。ある意味で自傷行為なんです。

 

大人になると若者に対して「君らには未来がある!」なんて、勝手に目を細めちゃうけれど、そんな未来は、大人になって失いつつあるからこそ見えているのであって、子ども本人には未来ってなんのこっちゃ?ということなんですよね。私自身も、若い頃の方が苦しいことがいっぱいあった気がします。生きるのが大変だったし、いちいちつまづいていました。無限の可能性なんて、別に感じたことなかったです。

 

この映画は、そういう親と息子の視点の違いみたいなところも効果的に描いていたと思います。観ていて涙が止まりませんでした。悪者がいなくて、みんな苦しくて、愛を伝えてもなかなか相手に届かなくて、簡単に裏切っているように見えて、後悔ばかり募って・・・。

 

「人は人を助けられない」というセリフが途中でててくるのですが、私もその心境になったことがあるので、すごくわかるのです。私の場合はもう、「助けたいから何かする」というのが自分の中での答えです。自分に人を救う能力があるとは思えません。自分がその人のために何かやりたいからやる。ただそれだけ。じゃないと、結果が伴わない行動=失敗という単純な方程式で片付けられてしまうから。

 

どんなに幸せな人にも、成功者にも、人格者にも、やらかしてしまうかもしれない瞬間って訪れるんだと思う。そういう時に、ブレずに強くいられるか。「自分だけは大丈夫」って思っていると、強く揺さぶられた時に脆いかもしれない。自分の身を守るのは自分しかいない、と改めて思うのでした。